丁度その時、桜並木の土手を
娘さんに車椅子を押してもらいながら一人の老婦人が
通りかかりました。

老婦人はこの風景を目の当たりにすると、小さな歓声を上げました。
そして、沢山の忘れてしまった過去の中から
何の困難も無く一つの歌を拾いあげたのです。
それがこのお話の冒頭に書いた小学唱歌です。
彼女は細く澄み渡った声で歌を歌い終えると
本当に幸せそうにニッコリ笑って車椅子を押す娘さんを
振り返りました。

娘さんもこんな母親を見ることが本当に嬉しいので同じように
ニッコリ微笑み返しました。
「ほんに観音様のようでございましたな〜」
そう言うと老婦人は、光の中にスッポリと包まれて
もう姿が見えなくなった伝六案山子に
そっと白い小さな手を合わせて拝みました。

太陽は沈み、伝六もこの世から姿を消しました。
伝六はこの世から消える寸前に
銀色の髪を夕風になびかせて、少女のように歌う
老婦人の歌を聞いたでしょうか?
憧憬と賛嘆と感謝の想いの
老婦人の祈りを受け取ったでしょうか?

その3

終わり